仏教という生き方
法話や本で読んだこと、調べたことなどを自分なりにまとめておく。
現在進行形でまとめるので、加筆、誤解、曲解、変更、etc…あり。
不明点、疑問点、 他 もそのまま書いていく。
仏教の両輪
◯智慧の方向
戒ー定ー慧
四聖諦からの流れ。
苦諦:苦がある状態がある(私が苦しい、ではなくて)【結果】
集諦:苦がある状態への道=渇愛【原因】
滅諦:苦がない状態がある【結果】
道諦:苦がない状態への道=八正道=駅(サティの立ち位置)【原因】
つまり、苦があるけれど、全ての苦は乗り越えて行くことができて、そのための道があるのでそれを実践していこう、ということ。
↑正しいとは:正見が方向性を示している。八正道は正見により方向づけられる。
執着しない見方。邪見ではない見方。
好き、嫌いはある。そこに執着(価値観にはめて、なんとかしようとすること)すると邪見になる。
執着しない、がカギ。
執着しないためには
ありのまま見る = 【価値観】 から 離れて 見る。
今、ここにある、ありのままの苦と出会い、付き合う。その中で生まれる智慧が苦のない状態への原因を作っていく。
正見のレベル
Lv1.十事正見(123大小に関わらず布施の果報、45特別な存在として父母、6善悪の行為の果報、7輪廻する衆生、89今世来世、10実践を行い悟りに向かう修行者、以上10項目を”ない”と見ること=邪見 がないこと)
Lv3.阿羅漢の正見
◯慈悲の方向
まずは自分の抜苦与楽。溢れたものが人に向かう。
自分が溺れていては、人を助けることはできない。
◯気づき
・金のためにやることも、本来、布施だと思う。人に何かあげて、喜ばれる。そこに金が介在している。ひとつの形態にすぎない。
・貪瞋痴、執着があるときは、心に緊張がある。気づいてそこから離れることで、より的確な判断ができる。
・理屈通りになることも、ならないこともある。もっと言えば、理屈は諸条件(原因)の一つに過ぎない。
・心を守り、育てることには、モチベーションがある。